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大阪高等裁判所 昭和28年(う)217号 判決 1954年3月30日

控訴人 被告人 川西清一 他二名

検察官 十河清行

主文

原判決を破棄する。

被告人川西清一、同山内誠巍及び被告人大杉一義はいずれも無罪。

理由

本件控訴理由は記録添付の控訴趣意書の通りであつて、その要旨は被告人三名は共に無罪であると主張するにある。従つてここにこれを引用することとする。

第一点原判示第一の一、二及び第二詐欺の事実について。

弁護人は、原判決は判示第一の一、二及び第二事実を認定して被告人等を詐欺罪に問擬したけれども、右は事実の誤認であると主張する。

よつて記録を調査するに、原判決は被告人等は本件大津川堤外民有地の土砂等は大阪府知事の許可なくして採掘することが出来ず何等その許可を受けていないのに拘らず、既に右採掘について大阪府河川課係官より許可を受けているものの如く虚構の事実を申向け、判示第一の一、二の被害者松本延太郎及び判示第二の被害者前川由松を各誤信せしめ因て各判示の砂利採取権付土地を売買する名の下にその代金を受取り又は交付せしめてこれを騙取した旨判示しているのである。

よつて右詐欺罪の成否を考究するに、当審証人鳥丸忠志及び生瀬隆夫の各証言によれば同証人等はいずれも大阪府河川課の係員として河川事務を取扱つた経験を有するものであるが、右経験するところから推測して供述したところによれば、土木建築請負業者とか砂利採取業者とか河川の砂利採取に関する業務に従事している者は砂利採取について本人の名において当局の許可を要するものであることを熟知しておるのが通常であること、また砂利採取業者が砂利を採取する場合には事前に許可の条件等について当局と打合せをするのが慣例であるからかかる許可申請があれば不許可になる事例はないこと、本件堤外民有地について松本延太郎及び前川由松のいずれからも事前に許可について打合せを受けた事実のないことが明らかである。

しかして原判決挙示の証拠によれば、本件被害者松本延太郎は土木建築請負業兼砂利採取販売業を営んでおり、被害者前川由松も砂利の採取販売を業とするものであるのである。従つてたとえ本件堤外民有地について原判決説示のように大阪府知事の許可が必要であるとしても本件被害者松本延太郎及び前川由松のように砂利採取を業とする者が被告人等の言辞を誤信し因て、各被害者において許可を受ける必要なしと考えて本件土地を買受けたということは措信できない。殊に河川法第二十一条によれば「本章ニ依リ与ヘタル許可ニ依リテ生スル権利義務ハ地方行政庁ノ許可ヲ受クルニ非サレハ之ヲ他人ニ移スコトヲ得ス」と規定されているので、たとえ被告人等において真に当局の許可を得ていたとしても右各被害者が自己の名において砂利を採取するためには右権利の移譲につき更に当局の許可を要することが明らかである。従つて本件被害者と称する松本延太郎及び前川由松は被告人等が当局の許可を得ていたという理由で本件土地と共に砂利採取権を取得することができないことは右説示の通りであるから、右両名は本件堤外民有地の買取りに因り毫も財産上不法の損害を被つたとはいえないし、又被告人等においても右砂利採取権は当局の許可がなければ移譲することができないのであるから本件により特に不法の利益を得たということもできない。むしろ原判決挙示の証拠と右当審証人の各供述を綜合すれば松本延太郎及び前川由松は共に本件許可の要否又は有無について全く無関心の態度で本件土地を買受けた上、現実に砂利を採取した事実が明らかである。しかるに、原判決が右各事実を認定して被告人等を詐欺罪に問擬したのは事実誤認の譏を免れない。

第二点判示第三の一、二窃盗の事実について。

弁護人は、原判決は判示第三の一、二の事実を認定して被告人山内を窃盗罪に問擬したけれども右は事実の誤認であると主張する。

よつて記録を調査するに、原判決挙示の証拠によれば被告人山内は一、昭和二十六年三月七日大阪府知事より大阪府泉北郡忠岡町循並橋下流約三百米の大津川川床内の砂利、砂、栗石合計十坪の払下許可を受け所轄大阪府土木出張所に於て所定の手続を経て採取鑑札の下附を受け採取期間を昭和二十六年三月十七日より同月二十八日迄と指定せられたところ右指定の採取期間前には採取することが出来ないのに拘らず砂利採取人夫頭藤田忠勝に指示して右期間前の三月八日頃より同月十六日頃迄の間に砂利、砂、栗石合計約三坪九合を採取し、二、右採取期間経過後更に許可を受けないで昭和二十六年三月二十九日頃より同年四月二十八日頃迄の間に砂利、砂、栗石等約十坪三合を採取した事実を認めることができるけれども、右事実をもつて直ちに窃盗罪を構成するものということはできない。原審で調べている証拠によれば本件大津川の砂利採取についての交渉の経過にかんがみ被告人山内には本件砂利の不法領得の意思のあつたことが認められないし、且つ本件砂利は大津川の川床内のものであるから、右砂利について当局が刑法窃盗罪による保護を必要とする程度の占有を取得維持していた事実は認められない。従つて原判決第三事実は破棄を免れない。すなわち、刑法上の窃盗罪で保護すべき法益は刑法によつて保護する価値があり刑法によつて保護する必要があり、且つ刑法によつて保護することが可能でなければならない。しかるに河川の砂利(原判示砂利、砂、栗石を含む)は上流の大きい石がくだけ、流水に押されて下流に流されて行くうちますます小さくくだけて砂利となり自然に発生するものである。また河川の流水の増減、遅速等によつてその移動性は変化に富んでいるが大体において下流に行くに従つてゆるやかになり河川の川口及び附近の海底にまで流されてそこに堆積するに到るのである。従つて流水のように流動的ではないけれどもその自然に発生し自然に移動してやまない砂利の本質から本件のような砂利に対し当局は実力支配の可能な地位を有することができない。かかる砂利に対しては刑法的保護の価値も必要もないといわねばならない。

本件のような砂利採取については社会通念上警察的取締方法をもつて禁止又は制限すれば足り河川の管理上支障なき限りむしろ砂利採取権を設定することが相当である。これがために河川法は第三章において「河川ノ使用ニ関スル制限並警察」を定め、同法第十九条において「流水ノ方向、清潔、分量、幅員若ハ深浅又ハ敷地ノ現状等ニ影響ヲ及ホスノ虞アル工事、営業其ノ他ノ行為ハ命令ヲ以テ之ヲ禁止若ハ制限シ又ハ地方行政庁ノ許可ヲ受ケシムルコトヲ得」と規定し、同条に基き明治三十五年大阪府令第四十六号河川敷地内土石砂利及生産物取締規程が制定せられ、砂利等の採取には当局の許可を要し許可なくして採取した者は拘留又は科料に処する旨規定したのであるが、昭和二十七年大阪府規則第七十一号大阪府河川管理規則が制定せられ附則第三項で右取締規程は廃止せられたのである。同規則第四条によれば本件のような砂利等河川の生産物の採取については大阪府知事の許可を要する旨定め、同規則第三十七条は右第四条に違反した者に対しては罰金拘留又は科料に処する旨定めているのである。しかも右第四条の許可申請事項について不許可処分をする場合を第十条で法定し本件のような許可を受けることが容易であることが明示されている。もとより右規則は本件犯行後に制定せられたものであるが同規則が河川法に基いて制定せられたものである以上右規則制定の前後により右河川法第十九条の法意を左右するものではないことを示すものである。以上説明の通りであるから本件のような砂利の不法採取の事実があれば右取締規程を適用すべきであつて刑法窃盗罪を適用すべき限りではない。

右の通り原判決は破棄を免れないが当審で直ちに判決できるものと認め刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書を適用して次の通り判決する。

本件公訴事実の要旨は、

第一、被告人等三名共謀の上

一、昭和二十五年四月頃被告人川西清一が土木建築請負業阪和工業株式会社社長松本延太郎よりコンクリート土管製造所の賃貸斡旋方を依頼されるや被告人等三名共同で忠岡町所在大津川堤外民有地を松本に売却斡旋して利益を得ようと企て、同人に対し堤外民有地を買えば製造所に使用する外砂利を採取し得る利便もあるから賃借でなく買受けて呉れと勧めた結果、その頃堀内清太郎所有に係る大阪府泉北郡忠岡町忠岡一五八四番地の一大津川左岸高水敷内所在山林堤外民有地一反七畝二十五歩を代金六万五千円で買受けた上これを松本延太郎に転売するに際し、右大津川堤外民有地の土砂等は大阪府知事の許可なくして採掘することが出来ず何等その許可を受けていないのに拘らず既に右採掘について大阪府河川課係官より諒解を得ている旨恰も口頭で許可を受けているものの如く虚構の事実を申し向け、同人をしてその旨誤信せしめ右土地を土管製造所に供する外砂利を採取し得ることを主たる理由として代金二十万円で買受けることを承諾せしめ、因て同人から忠岡町役場に於て砂利採取権付土地売買代金名下に同月下旬頃金十万円次いで登記終了後同年五月頃金十万円合計二十万円を受取り以てこれを騙取し、

二、昭和二十五年七月中旬頃前記松本延太郎より更に砂利採取場所を物色中であることを聞くや被告人等三名共同で川野繁蔵所有に係る忠岡町忠岡一五八七番地の一大津川左岸高水敷内所在雑種地堤外民有地四反六畝二十五歩を代金十五万円で買受けた上これを松本延太郎に転売することとし前同様堤外民有地の土砂等は大阪府知事の許可なくして採掘することが出来ず何等その許可を受けていないのに拘らず、松本に対し既に右採掘について大阪府河川課係官より諒解を得ている旨恰も口頭で許可を受けているものの如く虚構の事実を申し向け、同人をしてその旨誤信せしめ因て同人より忠岡町役場に於て右砂利採取権付土地売買代金名下にその頃金十万円次いで登記終了後同月二十二日頃吉岡要蔵を介して金二十万円合計三十万円を交付させてこれを騙取し、

第二、被告人大杉一義は昭和二十六年二月十四日頃自己所有に係る忠岡町忠岡一五八六番地の三大津川左岸高水敷内所在山林堤外民有地一反三畝四歩の砂利採取権を砂利採取業者前川由松に譲渡するに際し、当時既に所轄鳳土木出張所係員等より知事の許可なくして堤外民有地の砂利を採取することが出来ないことにつき注意を受けた関係上これを知悉して居り、而もその許可を受けていないのに拘らずその情を秘し既に許可済で自由に採掘出来るものの如く装い同人をしてその旨誤信せしめ、因て同月十五日頃忠岡町の被告人方に於て同人より右砂利採取権付土地売買代金名下に合計金十二万円を交付せしめてこれを騙取し、

第三、被告人山内誠巍は

一、昭和二十六年三月七日大阪府知事より大阪府泉北郡忠岡町循並橋下流約三百米の大津川川床内の砂利、砂、栗石合計十坪の払下許可を受け所轄大阪府鳳土木出張所に於て所定の手続を経て採取鑑札の下附を受け採取期間を昭和二十六年三月十七日より同月二十八日迄と指定せられたところ、右指定の採取期間前には採取することが出来ないのに拘らず砂利採取人夫頭藤田忠勝に指示して採取期間前の三月八日頃より同月十六日頃迄の間に砂利、砂、栗石合計約三坪九合を

二、その後前記採取鑑札に依り指定の採取期間採取したが、採取期間経過後は許可はその効力を失い爾後改めて払下の許可を受けた後でなければ採取することが出来ないのに拘らず右期間後右藤田をして昭和二十六年三月二十九日頃より同年四月二十八日頃迄砂利、砂、栗石等合計約十坪三合を、

各不法に採取してこれを窃取したものであるというにある。

しかし右各事実はいずれも犯罪の証明がない。

よつて刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条後段を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)

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